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ブログを書くという行為は祈りなのか

ブログを書くという行為は祈りなのか

いきなりだが、ブログを書くと酔ってくる。

書くテーマとかコンディションにもよるので毎回では無いが、酔ってくると言うのは、別に自分の書いた文章にナルシステックにいい気持ちになると言う意味では無い。

ブログで神のことを書くと、そのエネルギーがやってきて酔う。

これは書く他に話す時も同じだ。

特に講座のメンバーさんが集まってする場はそれが激しい。

ある一定人数集まるとエネルギーの場が形成されるからだ。

しかし、集まらなくても一人で夕暮れにこうやってMacBookでカシャカシャ文字を打ち込んでいると酔いのエネルギーがやってくる。

もちろん、神とは全然違う内容だとそうもいかないのだが、先ほどインドで神に会うマザーダルシャンの話を書いていたら、グワングワンとエネルギーがやってきた。

通常はジャパマラを持って祈ったり、瞑想したりする時にこのエネルギーは来るのだが、どうやら私の場合はブログや動画を通じてそういった内容をシェアすると強烈に「クル」ようだ。

つまりキーボードがジャパマラ代わりの祈りのツールみたいなイメージ。

なぜブログにこのような記事を書くと酔うようなエネルギーが来るのだろうか?

それは・・・・

「シェアしているから」

という要因が大きいように感じる。

この辺はとても重要なファクターになってくる。

これは瞑想やスピリチュアル的な分野に限った話では無い。

・自己完結しているか

・循環しているか

でエネルギーの流れというのは大きく変わってくる。

少しキツイ言い方をすると、この場合の自己完結というのは・・・

「自分の為だけにやっているケース」

を指す。

もちろん、広い意味ではあらゆる行為が「自分の為」ではあるわけだ。

しかし、今、言っている話はそういう話ではない。

この辺のテーマは機会があったらまた取り上げようと思う。