今回のテーマは奇跡が起こるパターンということについて動画で解説した。
補足として、文章でも解説。
運命はポイント制?
前回の話では、自己啓発やスピリチュアルでは何か一発逆転の秘密のテクニックが強調されているが、そんなことはまずないという話をした。
もちろん色々なテクニックはあって、役に立つケースもあるわけだがそれには今回動画でお話ししたような要素が不可欠である
まず一つ目の要素としてポイントの存在。
ポイントというのは、買い物とかするときにポイントカードいや、スタンプカードというのがあると思う。
ポイントやスタンプが貯まると、特典があったり割引になったり、もう一つおまけになったりするカード。
実は私たちの人生や運勢においても、ポイントと似たような制度が存在する。
「リアルさ、そんなものあるわけないじゃないですか」
と思うかもしれないが、実は運命のポイントとも言うべきものは存在する。
ポイントというと分かりにくいかもしれないが、伝統的な言い方で表現すと……
「カルマ」
「徳」
「因果律」
と呼ばれるものである。
これはポイントカードと一緒である程度のポイントがたまると、この世界に現象化するという働きがある。
ちなみにこれは良くも悪くもの話。
カルマというと、もしかしたら何か罪とか悪いイメージがあるかもしれない。
しかし、良いカルマもあれば悪いカルマもあるわけだ。
で、このカルマのポイントが蓄積されてきて現象化されるタイミングで何らかのアクションを起こすと、ポイントが満期になり、現象化するという仕組み。
だからポイントが蓄積されている状態で何らかの自己啓発やスピリチュアルテクニックを実践した場合、あたかもそれが効いて現象化したように見えるケースがある。
しかし、スピリチュアル的なテクニックを一生懸命やっても一向に改善しない場合は、そもそもポイントが欠落しているケースが多い。
燃料としてのカルマ
もう少しわかりやすく言うと、ストーブ。
最近は少なくなったが、石油ストーブを例にして解説してみる。
石油ストーブは当然ながら灯油を燃料として暖をとるわけだ。
だから、灯油がない状態でカチカチと点火させようとしても火はつかない。
それと一緒で、何事においてもそれに対するポイント、つまりカルマ的要素が蓄積されていないとどのようなテクニックを行うにしろ燃えるものがないので現象化しない。
この場合、対策としては自己啓発やスピリチュアル的なテクニックよりも灯油に相当する燃料つまり因子を蓄積していく努力というのが不可欠である。
例えば英語の試験で良い点数を取りたかったら、単語なり文法なり覚えなければいけない。
これらをすっ飛ばして、いくら瞑想しても、自己啓発的なテクニックを酷使しても当然結果は出ない。
それと同じである。
このようなことは当然と言えば当然だし、ある意味わかりきったことであるが、マーヤ性が強い分野や自分がこだわりが強い分、夜は盲目になってしまうケースがあるのでわかりづらい。
ちなみに・・・・
「私は不幸だ」
とか
「私はカルマが悪い」
とか徳がないとか思っている人もいるかもしれない。
日本に生まれている時点で徳が高い?
しかし、今の日本に生まれている時点である意味、あなたは徳が高いとも言える。
何だかんだ言っても犯罪率は低いし、貧しいといっても携帯ぐらいはだいたいみんな持ってる。
世界を見回してみると、テロが起こりまくってる地域やゴミを漁りながら生活している子供達がいる国があるわけで、そういった所と比較するとなんだかんだ言って、まだまだ日本は恵まれているわけだ。
話を戻すと、とにかくカルマの因子が整った状態で現象化する仕組みなので、時期が来ていれば何もしなくても奇跡的な状況が起こることはある。
学習が終わったケース
奇跡的な現象が起こるケースの2番目として学習が終わった場合。
良いことも悪いことも、物事が起こるにはそれなりの意味や因子がある。
動画でもお話ししているが、私たちは何らかの体験や学習認識をするためにこの世界に出てきてるとされている。
ある意味好き好んでこの制限された地球という世界に自ら出てきてる訳だ。
その何らかの学習や体験をする際に、テーマを決めている。
例えば前世でわがまま三昧で家族や他の人に大変な迷惑をかけていたとしよう。
そうすると生まれる前の世界で
「あれはまずかったなぁ」
ということになり、色々向こうの世界でも学習するわけだが、本当に身につくかどうかは再びこの世界に出てこないと分からない
ということで、このケースの場合は
「自分のわがままを修正する」
というテーマを決めて出てくる訳だ。
その際によくあるのが逆転させた環境ステージをセッティングしているということ。
具体的には、前世でわがままだった訳だから、今生ではそのわがままを受ける立場に配置される。
例えば・・・・
– わがままな父親や母親
– わがままな、配偶者
– わがままな上司や会社
などの環境に身を置き、理不尽な言動を受ける立場になる。
そうすることによって、身をもって・・・
「わがままヤバイ」
ということを学習するわけだ。
この体験し学習するというプロセスが終わった場合、その嫌な人達や環境は本人の前から消えていく。
具体的には、これにも何パターンかあり、本当にある程度体験するプロセスが終わっていて、自分の認識もテーマを把握できていれば認識しただけで現象が変わってくるという事態が起こってくる。
例えばこれは実際に私の講座に参加した参加者さんの体験談だが、夫婦関係で悩んでいた時にこのようなテーマを解析していったケースがある。
その時、この世的な視点では自分はある意味旦那さんや家庭の被害者として考えてしまいがちだが、こういった人生のプログラム的なものから見るとすべては逆である。
嫌な人も実は魂のレベルではとても仲が良かったり良い人で涙を飲んで嫌な人を演じているケースもままある。
そういったことを仮定としてでも認識してみると、いきなり相手の態度が変わるケースもある。
これは別に相手と話し合ったり何か態度を変えたとかそういうことではないが、認識を変えただけで変わるケース。
このように自分のテーマを把握して体験学習が終わり、認識が改まった場合は、現象面が奇跡的に変化するケースが存在する。
神様の意図
3番目としては神様の意図である。
これは説明するのが長くなってしまうので、詳しく知りたい人は私が有料でやっているitの講座に参加してもらうといいだろう。
簡単に一部だけ解説すると、全ては神様の意図によって動いている。
まぁ、ここの部分は神様をどう定義するかによって変わってくるのだが、私が話ている神様は特定の神様というよりバガヴァッドギーター パラアートマに近い。
形はないが、すべての形あるものに浸透し、超絶的な人間には想像できない知性を持ちつつも限りない愛情を持っている存在。
その神様の意図が介入した時に奇跡的な現象が起こる。
例えばキリスト教で未だに病気の治癒で奇跡的な現象が起こったりする。
がんが消滅したり、骨折が瞬間的に治ったり。
ああいったものも自分自身のテーマを消化したかどうかも関係してくるが、実際起こり得ることである。
今、キリスト教の例を出したが、別にキリスト教でなくても神様とつながることができれば、本当言えば常に繋がっていて、私たちは未だ1度たりとも切り離されたことはないんだが。
そういったことが分かるようになると必要なことは起こるし、ものすごい安心感に包まれたりする
ということで、奇跡が起こるケースを、動画の法則として、少しだけ話してみた。
次回は、今日お話ししたポイントについてもう少し詳しく解説していこうと思う。