前回はスピリチュアルな技法は魅力的であればあるほど注意が必要だという話だった。
引用
功過格表
中国で使われている手法で、昔この話を知った時に…
「なんだよ、陳腐だな」
と思ったのを憶えている。
日々の行動に特点をつけて徳を貯めていくと運勢が好転するという話。
「徳が大事ですよ」
というは仏教でもヨガでも良く聞くが、リターンを期待して表まで作るというのはさすが中国である。
やっぱり良い行いというのは見返りを期待して行うのではなく、無償の思いでやらないとという思いはある。
だから当初は功過格表のようなものに対しては一段下に見ていたというか…
「なんだかな〜」
という偏見があった。
しかしである。
色々なケースを今まで見てきて、なんらかの目安はやはりあった方がいいんじゃ無いかという考えに変化してきた。
例えば今まで見てきた例で、かなり運気を落とす行為として…
というところまでだった。
運命を変える スピリチュアル 人生の流れが変わる時とインドでの失敗
今日はその続きから。
功過格表
功過格表とは検索すれば色々と出てくる。
簡単にいうと徳を積み悪行をしないことによって運命を改善出来るという話。
まあ、言ったら今までお話した戒律の話に近い訳だが、表にして得点ポイントをつけるというのが新しい。
功過格表
http://sodokukai.web.fc2.com/n_p_34.htm
上のリンクにもあるが…
- 人の命を助けたら100ポイント
- 養子をもらって育てたら50ポイント
- 無職に働く場を提供する50ポイント
- 無縁者の死骸を埋葬する50ポイント
のように高いポイントから…
- 相手を許すこと3ポイント
- 嫌な事を受けること3ポイント
- 公共のゴミ拾い1ポイント
- 公共の井戸を掘る1ポイント
- 虫や魚の命を助ける1ポイント
のように低いポイントまで色々ある。
これにプラスして、悪行のポイントもあり…
- 人の命を奪うマイナス100ポイント
- 婦人の貞操を犯すことマイナス100ポイント
のようにマイナスポイントも存在する。
これを日々計算して出していくわけだ。
善業は意外と難しい
功過格表をざっくりと見た感想としては、善行を積むのは結構難しい。
例えば人の命を救うなんて、医者や救命士など以外はそうそう無い。
そういった特定の職業についていれば、善業のプラスポイントを容易に加算出来るかもしれないが、普通はなかなかないと思う。
そのかわり、悪行はやらなければいいわけだから比較的容易だろう。
ただ、悪行でもポイントが低いもの。
例えば悪口などは比較的やってしまうのでは無いだろうか?
口は災いのもと
悪口などのカテゴリはマイナス1〜5ポイントだから、それほど大きな数字では無い。
ただ、その分毎日というか、なんなら1日に何回も言えてしまうのが怖いところ。
実際問題として普通の一般人である私達はそうそう重犯罪的なことはまずしないと思う。
だから、気を付けるべきはこういった小さな悪口のようなマイナスポイントをいかに減らすかというのが大事なんじゃ無いかと感じる。
もちろん、生きていると色々と嫌なこともあり愚痴りたくなるだろう。
そういう時は家族内とか本当に親しい友人内ではガス抜きで良いとしても、あんまり外に向けてはやめた方がいい。
SNS社会の盲点
特に最近はネット社会なのでSNSで毒を吐くのは結構なマイナスポイントだと感じる。
特に確信も無いのに特定の個人を誹謗中傷するのは、功過格表的にも推奨されないのは無論、法的にアウトな場合があるので気をつけた方がいい。
もちろん、この辺も炎上商法というかそう言った手法でやる人達もいるだろう。
ただ、そう言ったものは反動も考慮しなければいけないし、普通の人が気分のままで行うものでも無い。
私も今まで色々見てきて、この辺で運気を落としている人が結構多いのに気づいた。
悪口でエネルギーがガクンと落ちる
恥ずかしい話だが、私自身そうで20代の頃は議論好きというか、口が悪いところが結構あった。
そのせいもあってか、会社では仲間からはウケがいいが上司にあまり好かれずに冷や水を度々飲んだ。
なんというか…
強いところと弱いところは表裏一体
みたいな言葉がある。
私は比較的言葉を扱うのが得意だったので、それが生かされれば良い状態にもなるが、逆に議論や悪口まではいかないまでも相手を制圧するような方面で使うと中長期的には悪い状態になるようだ。
それに気づいたのは、遅まきながら今のようなマザー系の瞑想や行をやり始めた時だった。
マザー系の瞑想や行というとは、出家や僻地で瞑想三昧することなく、今いる環境で瞑想をする方法なのだがエネルギー感覚というものを重要視する。
これは今みたいに瞑想を仕事としてする前の話だが、ある日の事。
吉祥寺の駅前を歩いていると…
「リアルさん、◯◯って実際どうなんですかね?」
と一緒に歩いていた人から聞かれた。
「ああ◯◯ね、あれはね?」
私も◯◯については思うところあったので、ここで批判しようとしたが、その時…
ガツン〜
とエネルギーが一気に低下してよろけた。
ヤバイヤバイ。
これは話すなという神さまからのサインだと解釈して口を閉じた。
このように批判や悪口というのは手軽に出来てしまうだけに、注意が必要ではある。