瞑想とは 瞑想に入れない理由

今日は瞑想が出来ない原因について

この動画は4年前に作成したものなので、喋り方が若干ヘタというか間が悪いが、内容としては深い瞑想に入る為にはどうしたらいいかを解説している。

深い瞑想に入る為には

まず、深い瞑想に入る為には何が必要で何が不必要か?

という話になってくる。

その為にまず考えるポイントして・・・

「そもそも瞑想ってなに?」

「瞑想するといい感じになる『至福意識』とは?」

ということを考えてみよう。

なぜかというと漠然と考えたり行動したりする前に、定義するとことが必要になってくる。

これは根本的な話になるが、ある意味私達の世界は言葉によって出来ている。

言葉によって出来ている幻想の世界

例えばの話。

目の前にiPhoneがあるとする。

2019年に生きいている私達なら、テーブルに置いてあるiPhoneを見て・・・

「スマホだな」

とか

「iPhone11かな?XRかな?」

とか思うだろう。

しかし、江戸時代の人が見たら・・・

「石じゃないな? 鏡??」

「なんかの手形か?」

とiPhoneを見ても・・・・

・遠くの相手と話したり

・ネットで検索したり

・アプリを使ったり

・写真や動画を撮影したり

という機能があるというのはわからないだろうし、説明して動かして観せても理解出来ないだろう。

これは何を意味するのか?

色々な要素があるが、一つだけあげると・・・

「私達は言葉によって世界を創っている」

という話になる。

現象→概念・言葉→認識

という流れ。

極論を言えば、私達は誰一人として「真実」の世界を知る事は出来ない。

なぜなら、同じものを見ても一人一人の概念(言葉)のフィルターによって、形作られる世界が違うからだ。

今、スマホを例にしたが、これは他の事でも一緒。

ハードな星「地球」

特にスマホとか形に現れているもの以上に目に見えないものについてはもっと複雑だ。

・愛

・平和

なんか特にそうだ。

愛を語りながら結局は裁判とか。

平和を叫びながら戦争とか。

まあ、ここでは話が長くなるので割愛するが、基本的に私達の住む地球というのは2限的で相反するものが自動的に生まれる仕組みになっている。

その為、物理的にも心理的にも生きていくのがハードな星と言われるゆえんである。

話を戻して・・・

「瞑想」

「至福」

「覚醒・悟り」

という言葉も手にっとて確認出来ない分、幻想に満ちているというか、手が届かないような性質を持つ。

定義の重要性

そこで必要となるのが・・・・

「それは何を具体的に指しているのか?」

という定義付けである。

それを話たのが動画の最初の部分。

ここの部分が理解出来て実践できるようになると・・・

「なるほど、そういうことか!」

と一歩も二歩も前進する。

少し話が細かくなるが、なぜこのような面倒なことをするかというと、私達の思考は止まってしまうからだ。

思考が止まってしまうというのはどういうことか?

言葉によって考えが止まる構造

シンプルに言えば下記のような感じ。

思考

言葉(ストップ)

思考しても言葉によって止まってしまう。

言葉を使うことによって、それ以上深く認識することが出来なくなる。

よくあるケースとしては、何かの話を聞いた時に・・・

「知っている、それ聞いたことある」

と思うと、それ以上内容が入ってこなくなる。

「知ってるわ、そんな話はこれ以上聞く必要ないわ」

みたいな感じ。

しかし、知っているというのもレベルがあり・・・

・なんとなく聞いた事がある

・本やネットで見た事がある

程度から、実際に自分で経験したり深く体験したりと様々。

ここでなんとなく聞いた事があるレベルなのに言葉を聞いただけで

「知っている」

と誤認してしまうと、思考が止まってしまう。

なぜと3回以上

それを克服するには・・・・

思考

言葉

思考

言葉

思考

と深堀していく。

具体的には・・・

「なぜ?」

と3回ぐらいは深堀して自分で考えていくのがオススメ。

という事で・・・

「なぜ瞑想に入れないか?」

という話に戻すと、そもそも・・・

「瞑想とは何か?」

「どのような状態を指し示すのか?」

という事があいまいであるというのが大きな原因だと言える。

瞑想とは

もっと言えば・・・・

・瞑想とは神秘的なもので私とは別

・ヨガやお坊さんなどの熟練者でないと瞑想は無理

という思い込みが邪魔している場合が多い。

また・・・

・何か特殊な事をしなければ、その特殊な状態に入れない

という先入観も邪魔する。

そうではなく、瞑想とは・・・

「もともとの本来の意識があらわれた状態」

と仮にでもいいから定義してみよう。

もちろん、瞑想といっても古今東西、様々な体系や宗教で行われてきたので、色々な側面があって全く同じではない。

しかし、基盤として存在する・・・

「本来の意識状態」

というものは一緒。

これは5000年前の人でも人種が違っても、足が2本で手が2本で体の基本構造が同じなように、私達の意識も体と同じように基本は同じだからだ。

瞑想に入りやすくするためには?

というタイトルの答えもここにある。

それは私達と別に存在したりするものではなく、今、まさにこの瞬間も私達と一体であるからだ。

ではどうすればいいのか?

次回へ続く・・・