忙しくて後で読みたい場合はLINEに登録してください(こちらをクリック)

バガヴァッド・ギーターと義務教育に反発する10代の頃

バガヴァッド・ギーター

最近というか、ちょくちょくお叱りを受ける。

なにについて叱られるかというと・・・

「動画をもっと更新してください」

「ブログやメルマガをもっと書いてください」

という事。

私としては有料でやっている講座や参加者さんのフォローに力を入れているので、なかなか他の事は頻度が落ちがちになってしまう。

しかし・・・・

「それだと、どんな事を実際にやっているか参加していない人はわかんないでしょ?」

という話になり・・・

「まあ、確かにそうだな」

というような感じに。

という事で、実際にどんな事をやっているのかを少しだけ書いてみよう。

今やっている事の一つに

「バガヴァッド・ギーターの講座」

というのがある。

これはitの講座で配布し始めているのだが、バガヴァッド・ギーターといえば少しインド哲学系に興味がある人は聞いた事があるだろう。

なんでこれをやっているかというと、5年くらい前から・・・・

「バガヴァッド・ギーターをやりなさい」

という指令が降っているからだ。

指令が降るというのはどういう事かというと、別に音として耳に声が聞こえるわけではないが、なんというか内面の感覚的にそういう意図というか衝動が沸き起こる感じ。

わかりやすくいうと、例えば家から出かけてバスや電車に乗る時に・・・

「あれ、財布わすれた」

となったら・・・

「財布をとりに戻らなきゃ」

という思考というか衝動が出てくると思う。

それに近い。

まあ、これは財布を持って家を出ないといけないのに忘れたので焦ってしまっているというわかりやすい構図だが、このように衝動の原因がハッキリしているわけではないのだが。

なぜか、理由はわからないけれども、そういった思いに駆られるという方がいいのか。

思い返してみれば、今まで作ったプログラムはみんなそう。

年末に再募集をかけたヴィギャン・バイラブタントラも作成たのは8年前だが、20年くらい前からそういう衝動があった。

今、思い出したがもっと言うと・・・

「なにかを書きたい、書かなきゃ」

という衝動は小学生くらいの時からあった。

その当時、母が印刷関係の仕事をしていたので、家に和文タイプの機械とかOLYMPUSの英文タイプライターがあった。

和文タイプライターというのは日本語の文字の鉄のハンコみたなのがあって、それを一個一個「ガチャン」と機械のアームで掴んで打ち付けるタイプのもの。

英文タイプライターもキーを押していくとアームが上がっていって「ガチャン」と黒いフィルム状のものの上から印字するというもの。

キーボードを押すと「ガチャン」となるのが面白くて、文章など考えずに遊んでいた記憶がる。

そういう事もあってか、20代の頃に就職した会社では、かれこれ30年以上前だがMACのデスクトップが設置されていて仕事上の文章を作成するのには苦労はしなかった。

思い返してみれば、文章を書くということで苦悩した憶えはない。

なんというか、今、人様に講座という形で教える人間がいうのもなんだが、いわゆる学校の勉強というのはほぼほぼした事が無い。

なぜかというと、中学時代くらいから勉強に対する意欲がまったくわかなくなっていたからだ。

「なんでこのような不毛な事をすのだろう?」

という違和感が常にあった。

ちなみに、その頃は本ばかり読んでいた。

2階の床に負担がかかるのでどうにかしろと親に注意されたくらだい。

SF小説を中心に哲学とか死後の世界とか仙道とか魔術とか、今思えば不気味な中学生だったに違いない。

後になって知ったのだが、この頃はインド占星術ではKe(ケートゥー)という星がマハ・ダーシャといってメインで作用する時期だったので、必然的にこういった神秘的な知識や実践に惹かれていったのだろう。

でだ、「なんでこのような不毛な事をすのだろう?」という疑問が常にあったので、中学の3者面談の時に担任の教師に疑問をぶつけてみた。

「ちょと勉強する意味がわからないんですが」

U先生

「そんな事いうなよ、必要なんだよ」

「具体的にどう必要なのですか? 

国語なので漢字の読み書きならわかりますし、数学もある程度の計算能力は必要だと思います。

しかし、数学の因数分解などの方程式など覚える必要があるのですか?

ああいったものは一般生活では使わないでしょ。

仮に使う場合だって電卓を叩けばいいじゃないですか。

手計算で覚える必要性はありませんよね?

百歩譲って、そういった数式を勉強する必要性、例えば興味があるとか将来的にエンジニアとか職業上必要になる人は勉強すればいいですが、全員に強要するのは意味ないじゃないですか?」

U先生

「そうじゃないんだよ、数学も数式を憶えたり自分で解く過程で思考の訓練になって後々役に立つんだよ」

「そうですか、では、今まで先生が実際にどういう場面で役にたったか説明していただけますか?」

U先生

「・・・・・・」

「実際には思い浮かばないですよね?」

U先生

「もういい、お前は帰れ!」

という展開に。

今思えば大人気ない事をしてしまったが、当時は子供だったので致しかたないという事で勘弁してもらおう。

という感じだったので、学校の成績は体育と国語以外は全滅状態。

体育は運動が好きだったので一番得意だったが、あとは読書習慣があったからか、国語は勉強しなくてもまあまあ良かった。

ただ、ウケは悪かった。

特にグレていたわけでは無く、普通の生徒だったしあまり喋らなかったので大丈夫なハズだが、黙って座っているだけで国語の担任のS先生からは睨まれていた。

なんでだろう。

黙って座っているだけでキレられる事がちょくちょくあった。

こちらの「ナメている」意識が、いや実際にナメている気は無いのだが。

しかし、この状態は一変する。

続く・・・