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精神世界 目利きの方法 ラーメンと瞑想の関係

前回は瞑想や霊性修行において明け渡しは重要だが判別する知性もまた重要という話だった。

 

明け渡しと変容と霊性のスーパーマーケット化

 

では何が本物で何が偽物なのだろうか?

どうやって見極めていけばいいのだろうか?

スピリチュアルをスーパーマーケットで売るように陳列してある現代において、果たして何を基準にすればいいのだろうか?

結論から言えば、何でもそうだが…

 

100パーセント信じない方が良い

 

言い方を変えると「信じる」「否定する」の2択ではない

例えば富士登山をする時に…

「私は富士山を信じているから、何も考えずに委ねて登る」

とはならないだろう

万一の場合に備えるのが普通だ、少なくとも…

雨が降ったら場合
気温が下がった場合
お腹が空いた場合

に備えてカッパを持参したり

羽織るものを準備したりゼリー飲料などを持っていったりするだろう

信じる信じないというよりも

 

大自然や山に対する尊敬と畏怖を持って準備して登るという話になってくる

スピリチュアルの場合も言ったら登山に類似している

「信じる」「否定する」というよりは尊敬と畏怖を持って

自分のセンスや技量を上げつつ備えるといった方が適切だ

 

なぜ自分のセンスや技量を上げつつなのか?

例えばあなたはラーメン大好きだとしよう

大体のラーメンを制覇したラーメンマスターだ

全国のラーメンを食べ歩き

好きすぎて自分でも材料を取り寄せてラーメンを作ってしまうほどである

だから、ラーメンの写真を見ただけで大体わかってしまう

旨いか不味いか

値段や原価

材料

調理法

その店は繁盛するか潰れるか

などなど、かなり高い確率でわかるはずだ

なぜなら、ラーメンを食べた経験値が違う

知識もあるし、第六感が働くわけだ

「ここはイケる」

とわかる

 

瞑想もそれに似ている

ある程度経験を積んでくると経験値も貯まってくるし、カンも鋭くなる

よって、観ただけで大体わかるようになってくる

だから、あなたの経験値を上げることだ

それによって、選定眼は磨かれてくる

その道のプロになっていく

 

ただし、ここでも注意が必要である

登山の時は畏怖と敬意を持ってという話をしたが、ここでもそれは必要だ

なぜなら、この道はある意味…

「私」を超えていく道だからだ

だから、今までの話と相反するが

その私の判断を100%信じてはいけない

例えばの話、これはよくある話だが瞑想も一定以上の段階になると…

 

素晴らしい体験をした

至福を感じた

高い波動を感じた

神秘的なヴィジョンを観た

 

などの状態になる事がある

 

もちろん、これはこれで素晴らしい

ただし、一つの単なる状態だ

 

ただそれらを感じたり観たいのであれば、海外に行ってドラックをキメてくればいい

しかし、気持ち良くなったり不思議なヴィジョンを観るのがスピリチュアルの本質では無い

 

また、高い波動を感じたとしよう

厳密に言えば、それは感じた本人はそう感じたかも知れないが、他の人はそうでは無い場合もる

結局のところ、単に波動が共鳴したわけだ

であるから…

 

自分の波動が低い場合は低いものと共鳴する

自分の波動が高い場合は高いものと共鳴する

 

という法則がある

 

これは実際にあった話だが、地元の幼馴染がある時私に言った

 

「凄い先輩がいる、尊敬している」

 

どんな人かと聞いてみると、とにかくバイオレンス

ビールの注ぎ方を間違えるだけで殴られるらしい

ラベルを上にして注ぐという作法でないとイケない

その尊敬している先輩とやらは、街を歩いていて職質を受け警官数人を殴って大暴れしたらしい

だから凄い、尊敬しているという

 

絶句である

こんなにも価値観が違うのかと

 

これは極端な例だが、スピリチュアルでも似たような傾向がある

 

病気が治るから

金運が良くなるから

波動をすごく感じるから

 

これらもって必ずしも波動が高いとは限らない

 

パワーがあれば質的に荒くてもこれらのことは可能だからだ

 

だから、あなたのセンスを磨く必要がある

経験値を積む必要がある

信じる信じないを超えて、一旦保留する知性が必要になる

 

また、実際のところ

私達一人一人には本当のグル・メンター

呼び方は何でもいいが実は指導者が既についている

それは私達が歩んできた過程

道そのものである